ハワイ王国

2010年10月16日 (土)

マウナ アラ:ハワイ王朝廟

オアフ島shineヌアヌ渓谷のふもとに在るMauna Ala(マウナ アラ 芳しき丘 ハワイ王朝廟)です。

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早朝、開門してまもなく訪れました。マウナ アラには、清々しい空気が漂っていました。

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マウナ アラは,ハワイ王国の王族や関係者の霊廟でカメハメハ2世、カメハメハ3世、カメハメハ4世、カメハメハ5世、パウアヒ王女、そして夫君で、ビショップ博物館を作られたビショップ氏等のお墓もありますが、私のハワイ王朝に対する想いからブログにアップするのは、控えさせていただきます。

ビショップ氏は、会計士で王国の経理にも携わっていましたが、ハワイで始めて銀行を開いたことでも知られています。銀行名は、ファーストハワイアン銀行に変わりましたが、今日でも繁栄をしております。

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ハワイ王朝の紋章が門扉に付けられています。紋章の中の二人の王族は、カメハメハ ヌイ(大王)のgemini双子の叔父君です。

ハワイ王国に関心のある方は、一度お参りなさることをお勧めいたします。

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写真はマウナ アラのお隣にある教会の墓地です。駐車させて頂いたのですが、日系人の葬儀が行われていて、参列者に間違われてしましました。案内して頂いた教会の内部は、シンプルでいながら開放的で、南国の教会らしい建物でした。お墓は地中にあるので、飾られている生花がお花畑のように見えました。

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2010年9月17日 (金)

圧倒的な存在感!

ハワイ島コハラにあるPu‘u Koholā Heiau(プウコホラー:鯨の丘にある神殿)です。

石を積み重ねて作った土台の広さは横68m、縦30mの巨大なヘイアウで、歴史遺跡に指定されています。

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このヘイアウは、1791年当時ハワイ統一を目指していたカメハメハヌイ(大王)が予言者のことばにより建てました。プエオハナカードNO21KŪpout(クー 戦いの神)のイメージ地点でもあります。カメハメハヌイはハワイ統一の為に多くの生け贄を捧げたようです。

クロスされた棒はプエオハナカードNO19KAPUban(カプ 禁止)に描かれているプロウロウ(禁忌用棒)で、立ち入り厳禁という意味を表現しています。

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石垣に使われた膨大な石は、30Km以上離れたポロルー渓谷から男性が列を作り手渡しで運ばれたと伝えられています。

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プウコホラー(鯨の丘)が示すようにヘイアウの下に鯨の見張り台があるました。案内板下の写真は、現存する見張り台です。

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眼下には、当時と変わらない風景が広がっていました。

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美しいコハラのサンセットです。カメハメハヌイを思いながら写しました。

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2010年8月 6日 (金)

カメハメハ ヌイ(大王)の関連スポット!

最近waveMŌ‘Ī(モーイ- 王)のカードばかりを引きます。そこで、カメハメハ大王と関係深い地点をご紹介致します。

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写真はハワイ島ワイピオ渓谷です。”プエオハナカード”のイラストレーターのAIさんと一緒の訪れたのですが、彼女は想像してしたより雄大で感動していました。

車でしか行けない場所ですが、行くだけの価値があります。海を望む渓谷の上に立ち、涼やかな風に吹かれながら目を閉じると、若きカメハメハ大王の大きなheart01ふところに包まれているような安堵感を覚えました。

次回は渓谷を降りて、幼年期に彼が過ごした地を巡り、有名なヒイラベの滝を目の前で見たいと思います。

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